「サボっているだけなんじゃないか」「甘えさせすぎたから、こうなったのでは」
子どもが学校に行けなくなったとき、こうした言葉が頭をよぎる保護者は少なくありません。周囲から「甘やかしすぎ」と言われて、余計につらくなってしまうこともあるでしょう。
この記事では、「不登校は甘えなのか」という疑問について、文部科学省の考え方や、子どもの側から見た状況を整理しながら考えていきます。
「甘え」という言葉がつい浮かんでしまう理由
体調が悪いわけでもなく、見た目には元気そうなのに学校に行けない。そんな姿を見ていると、「気持ちの問題では」「甘えているだけでは」と感じてしまうのは、決して不自然なことではありません。
体力的な理由がはっきりしない分、「気持ちの持ちよう」で片付けたくなってしまうのは、保護者に限らず誰にでも起こりうる自然な反応です。
文部科学省は不登校をどう捉えているか
文部科学省の通知「不登校児童生徒への支援の在り方について」では、不登校の時期について次のように述べられています。
「児童生徒によっては、不登校の時期が休養や自分を見つめ直す等の積極的な意味を持つことがある」
また、支援の目標についても「学校に戻ること」だけを目指すのではなく、児童生徒が自らの進路を主体的に捉えて社会的に自立していくことを重視する姿勢が示されています。
つまり国の基本的な考え方としても、不登校を子どもの気持ちの弱さの結果として単純に片付けるのではなく、子どもにとって必要な回復の時間として捉える視点があるということです。
子どもの中で何が起きているのか
文部科学省の調査でも、不登校のきっかけとして多く挙げられているのは「やる気が出ない」「生活リズムの乱れ」「不安・抑うつ」といった、本人の気力や心身の状態に関わる項目です(詳しくはこちらの記事で紹介しています)。
これは、本人が「頑張りたくない」と思っているというより、頑張る気力そのものが出しにくい状態になっている、と捉えるほうが実情に近いケースが多くあります。エネルギーが切れているときに「甘えず頑張れ」と言われても、かえって苦しくなってしまうのは、大人が仕事や生活に疲れ切っているときのことを思い浮かべると想像しやすいかもしれません。
不登校を「甘え」と決めつけることで起きやすいこと
「甘えているだけ」という前提で接すると、子どもは「自分の状態を分かってもらえない」と感じ、本音を話しにくくなってしまうことがあります。
その結果、無理に登校させようとしてさらに元気をなくしてしまったり、親子の会話自体が減ってしまったりするケースも見られます。責めるつもりがなくても、「甘え」という言葉には、本人を追い詰めてしまう力があります。
保護者としてできること
「甘えかどうか」を判定しようとするよりも、まずは子どもが今どんな状態にあるのかを観察し、安心して過ごせる環境を整えることが優先されます。
具体的な対応やNGワード、相談先については、子どもが不登校になったら親がまずすべきことでも詳しく紹介しています。あわせて参考にしてみてください。
また、気力が少しずつ戻ってきたタイミングでは、「学校に戻ること」以外の選択肢を知っておくことも安心材料になります。通信制高校やネットコースのように、少しずつ社会とのつながりを取り戻していける学びの場もあります。N高等学校のように、週1日からの通学や自宅で完結するネットコースを選べる環境であれば、本人の状態に合わせて無理なく進路を考えていくことができます。
まとめ:「甘え」で片付けず、今の状態を受け止める
不登校を「甘え」の一言で説明しようとすると、子どもが本当に困っていることが見えにくくなってしまいます。文部科学省の考え方にもあるように、不登校の時期は本人にとって必要な回復の期間になっていることもあります。
まずは目の前の子どもの状態を受け止めることから始めて、そのうえで少しずつ、これからの過ごし方や進路について考えていきましょう。

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